カテゴリー: 2026

古いレンズの映しだすもの

2026-06-08 上神梅の駅でMINOLTA MC …

山野草のある前橋市街地

2026-06-07 最近、前橋市内の道路の植え込みに山…

ドライブのBGM

2026-06-04 田舎道を走っているとき、なぜかブラ…

スズラン前橋店、閉店に寄せて。

2026-06-02 前橋地区の今日一番の話題は、スズラ…

ジュラルミンの棺

先月、鹿児島県阿久根市の海から81年ぶりに旧日本海軍の戦…

再びコーヒーミル

2026-05-22 いつのまにかコーヒーミルが3つ溜ま…

JPGとRAW

2026-05-19 スマートフォンで撮影した画像は、内…

リストストラップ

2026-05-17 最近写真の撮り方が多様化し、手持ち…

初夏のわ鐵

2026-05-17 花の時期を過ぎて明るい日差しの中の…

初夏の森

2026-05-14 五月も半ば。前橋は28℃でも山はひ…

「saab0204.com」に込めた想い

2026-05-12 このブログのURL(https:/…

初夏の花

初夏の装い

溶けていく夜

久しぶりに旧知のスナック「グリーングラス」へ寄る。 かれ…

古い洋食器

2026-05-07 箸は自分専用のものがあるが、スプー…

ブログの二十年

2006年、mixiに投稿を始めたのが私のブログのスター…

再現と創造のあいだ

2026-05-02 カメラと並んで、オーディオにも長年…

五月朔

2026-05-01 五月朔(さつきついたち)。 早いも…

昭和の日に思う

2026-04-30 「責任」という名の構造材 物心つい…

レンズ沼の岸辺で考えたこと

2026-04-27  先日の藤見物の帰路、撮影データを…

山の藤

2026-04-27 花疲れの昨今、山では主役が藤に。新…

シェアと共有

食事の時、皿から銘々に取り分けることを「シェアする」とい…

行く春を惜しんで 一期一会の桜

2026-04-21 年々早くなっていく春。今年も駆け足…

引いてください

2026-04-19 先週は慌ただしかったので、今日の午…

私と住宅部会

2026-04-18 昨日はJIA関東甲信越支部住宅部会…

制服の重み、現代戦のリアリズム

2026-04-16 先日、自衛官が政党の集会で制服を着…

さざれ石と君が代

2026-04-15 さざれ石が語る「生成と成長 ―東御…

写真を撮ること-何を写すか

2026-04-12 写真は、建築デザインを思考する際の…

阿久沢家住宅の桜

2026-04-09 全国に点在する赤城神社のなかでも、…

カタクリの花

2026-04-09 赤城自然園でカタクリの花が見ごろと…

高遠・松本 桜行脚

2026-04-06 桜の開花を告げる報道があるたびに心…

きょうのおやつ

2026-04-05 片付けごとをしていて、ふと目に留ま…

4月1日

2026-04-01 4月は年度始まり。桜をはじめ、よう…

建築家とプロフェッション

2026-03-28 今日は、日本建築家協会員有志による…

広瀬川にも春が帰ってきた。

夜、広瀬川河畔の桜を観に出かける。 昼間の青空の下で見る…

f/8という静かな基準

MINOLTA MC ROKKOR-PF 58mm F1…

春の午後の句読点

LEDの光を調律する:春の午後の句読点 窓の外の春光では…

春の光

群馬大学附属病院で診察を受けた。手術の是非についての判断…

花の街から

ようやく、しかし慌ただしく街に春の花が見られるようになっ…

花の駅へ

備忘録:早春のわ鐵、光と音を調律する小旅行 疲れが溜まっ…

逆光の中の独立

模倣と二重構造の果てに 防衛大学校の卒業式で見られる「帽…

問われる街づくりの行方

前橋テルサの解体方針が、市役所の公式発表より先に民間の一…

最後の別れに間に合った

3・15という数字は、鉄道ファンにはどこか胸騒ぎを覚えさ…

neko

職場は、井野川と正観寺川という小さな河川の合流点にある。…

α7Ⅳによる所作の再考

ミラーレスと対峙する「指先の記憶」―― α7Ⅳによる所作…

菜の花を新旧のレンズで比較

上電800形は1971年製のミノルタMCロッコール35m…

JPG撮って出しとAIの狭間で

工事記録写真で鉄筋を入れ忘れたからといってAIで書き足し…

早春のわ鐵

沿線では梅が満開となり、山の色も芽吹きの色を含んだ柔らか…

ChatGPTによるオールドレンズ機材の評価

MCロッコール58mm F1.4 × α7Ⅳ ― 古典レ…

フィルムカメラの時代

1971年 飛騨高山 吉島家住宅 撮影機材ミノルタSRT…

「教場」のロケ地を訪ねて

―「教場」のロケ地を、35年ぶりに訪ねて― 映画版 教場…

鉄道写真の本質

鉄道写真の本質──公共空間としての鉄道と、その周縁にある…

戦争についてfacebookの補足

戦争と選挙 今回の選挙ほど「戦争」という語がSNSで頻繁…

元気です

誕生日が近づくと、「元気です」という言葉とともに、吉田拓…

如月

二月は「如月」とも呼ばれる。寒さはいよいよ厳しさを増す一…

父の命日に思う

早いもので、父が亡くなってから二年が経った。父の好物であ…

非電化区間の役割

今日は阪神・淡路大震災が発生した日である。 八高線への導…

八高線HB-E220に初乗り

八高線、変革の鼓動。HB-E220系初乗りと享保の遺構を…

前橋市長選の結末に寄せて

「民意」の深層と今後の注視 2026年1月12日、前橋市…

前橋市長選挙、小川晶氏再選

あっけない、意外な結果であった。市民の関心は、日々の何気…

記憶の中の家族のもとへ

一月は、かつて一緒に暮らした三人の家族が亡くなった月であ…

写真機材に見る実践知

chatGPTによる思考の整理 以下の文章を野中郁次郎氏…

進歩という名の沈殿

写真趣味と判断の時間軸   【以下、拙文をもとにChat…

光学の血脈と実用主義の矜持

最近の私の撮影における作法は、絞り値をf/8から13あた…

亡父の一年祭を終える。

亡父の一年祭を終える。早いようで長かったような一年。 療…