LEDの光を調律する:春の午後の句読点
窓の外の春光ではなく、100%LED電球の下。
演色性の制約をあえて受け入れ、その中で被写体たちが持つ本来の質感をどう引き出すか。
今日は友人の奥方の葬儀であった。心に残る重たい澱を、ファインダー越しの微細な調整に集中することで、少しずつ解きほぐしていく。
被写体は、桜の塩漬けが透き通るチーズケーキ。
器は沖縄から帰った友人からの土産である硝子皿、コーヒーカップは九州旅行の折、唐津で求めたもの。
それぞれの品に宿る旅の記憶や友との縁が、このデスクの上で静かに交差する。
テーブルフォトは、被写体との距離が近い分、被写界深度の制御が実にシビアだ。
レンズはSIGMA 24-70mm F2.8 DG DN II。43mmという標準域の画角を選び、絞りはf/8まで絞り込む。ケーキの質感とカップの存在感、その絶妙なつり合いの「正解」を、ミリ単位の構図変更で探っていく。
露出補正は、白飛びを抑えつつシャドウの階調を残すため、0ステップのままでパターンの測光に任せる。
ISOは1250。LED光源下でのシャッタースピード1/125秒を維持するための選択だが、今のカメラ性能とDxOによる現像プロセスを考えれば、常用域として全く問題はない。
「不自由(制約)を受け入れ、嘘のない光を、自分の感覚で調律する」
自らに課したその写真憲章は、不条理な別れを受け入れ、日々を淡々と紡いでいく人生の作法そのものかもしれない。
コーヒーの苦みと、桜の微かな塩気。
お気に入りのものたちに囲まれたこのひと時が、今日という日の静かな句読点となる。
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