2026-04-19

先週は慌ただしかったので、今日の午後はカメラをぶら下げて散歩することにした。
桜が終わると、義理堅くアメリカハナミズキが紅白で咲き出す。初夏のような日差しに、白い花びらが輝いている。

飲食店街も日曜の昼下がりは静まり返っている。裏道から見える光景は、化粧を落とした女性のごとく、どこか疲れても見える。群銀の坂を下りて諏訪橋の袂から立川町通りを歩き、行きつけのカフェの暖簾をくぐった。
店内には、近所に住む常連のご婦人が先客でいた。隣の席に座り、注文を済ませて一息ついていると、その方が帰り支度を始めた。
終えた食器を店の人に「ひいてください」と言い、さらに自分の会計だけでなく、追加でコーヒーを二杯注文して「お店の人たちで飲んでね」と伝えて席を立った。

私たちであれば、つい「下げてください」と言ってしまうだろう。その「ひいてください」という言葉に、妙に引っかかるものを感じた。
帰宅して調べてみると、案の定、花柳界や料亭の世界では「下げる」は忌み言葉であり、縁起を担いで「引く」と言うのだそうだ。長年、小料理屋を切り盛りしてこられたというその方の、身についた作法だった。

言い回しひとつで、言葉の持つ力が作用する。日本語の素晴らしさを改めて実感すると同時に、ご祝儀や心付けといった、古き良き「粋」の文化を大切にされている姿に感銘を受けた。

昨今は平板な言葉や妙な短縮語が氾濫し、伝統的な文化が毀損されているようにも感じる。またお会いする機会があれば、あの「引いてください」という言葉を糸口に、賑やかだった往時の昔話を聞かせていただきたいと思うのである。