2026-05-19

スマートフォンで撮影した画像は、内部処理によってJPEGとして保存されている。それでも十分に綺麗に見える。近年は「デジカメ不要論」さえ聞こえてくる。

一方で、昔ながらのカメラ趣味の世界では、JPEG撮って出しを尊ぶ風潮も根強い。

にもかかわらず、多くの人がRAW現像に精を出している。

自動車の変速機でいえば、JPEGはオートマチック、RAWは手動変速機のようなものだと思う。

オートマ車に比べれば、手動変速機の運転には技術が必要である。しかし、変速機を自在に操り、視覚と身体感覚、いわば「尻のGセンサー」とが同期したとき、車を操る独特の楽しさがある。

現在乗っている車はCVTのオートマ車である。コーナー手前で一速落とし、回転を上げながら立ち上がる、といった操作感は希薄になった。

カメラのJPEGも同じである。スマートフォンを含め、メーカー側が用意した画像処理プログラムによって補正された結果がJPEGとして書き出されている。つまり「撮って出し」とは、決して“写ったまま”ではない。

一方RAWは、撮像素子が記録した情報をより多く保持したデータである。もちろん現像ソフト側にも標準的な解釈や補正は存在するが、そこから微調整を重ね、自分の心象風景へ寄せていく過程こそがRAW現像の本質だと思う。

写真のために理屈を並べ立てる姿は、中学二年生の頃から進歩していないのかもしれない。しかし、写真を楽しむとは、こうした面倒な時間に意味を見いだすことでもあるのだろう。

プロであれば、完成されたJPEGを効率よく選別し、納品へ結び付ける技術もまた重要である。
しかし趣味で撮る以上、私は一枚一枚の写真に向き合う時間を大切にしたい。
RAW現像とは、単なる補正作業ではなく、撮影時の記憶をもう一度たぐり寄せる行為なのだと思う。