今日は阪神・淡路大震災が発生した日である。 八高線への導入が期待されるHB-E210系(あるいは新型のHB-E220形式)の画像を確認していたら、ふと思い出したことがある。東日本大震災の際、被災地を救ったDD51形ディーゼル機関車による石油輸送のことだ。
かつて「無煙化」は、蒸気機関車の煤煙から解放される素晴らしい進化だと捉えられていた。しかし、身近なところでも八高線をはじめ、わたらせ渓谷鐵道、真岡鐵道、小海線、飯山線と、非電化区間は数多く残っている。これらは確かに「ローカル線の中のローカル線」ではあるが、今、改めて「非電化」という言葉が別の意味で注目されている。
その背景には、送電設備や架線の保守コストを削減するための「電化廃止(架線レス化)」の動きがある。一見すると時代に逆行するように見えるが、平時において電力供給が当たり前にある時と、震災等で送電網が遮断された時とでは、そのフェーズは一変する。
それを証明したのが、あの東日本大震災でのDD51の活躍だった。東北本線が寸断され、東北地方が深刻な燃料不足に陥る中、非電化の磐越西線を迂回ルートとして、全国から集結したDD51が重連でタキ(タンク車)を牽引した。猛吹雪と急勾配に空転しながらも、自らのエンジンを唸らせて郡山へと燃料を運ぶ姿は、「電気がなければ動けない」という現代鉄道の死角を補い、鉄道は「まず走ること」こそが最大の使命であることを改めて世に知らしめた。
非電化であることは、決して時代遅れであることを意味しない。HB-E210系やHB-E220形式といった最新鋭の車両は、かつての機関車のような重厚な趣には欠けるかもしれない。しかし、その機動性の高さと最新の環境性能は、有事の際にも「レールさえあればどこへでも繋がる」という安心感を私たちに与えてくれる。これらはまさに、新しい時代に相応しい「強靭な鉄道」の姿と言えるのではないだろうか。
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