先月、鹿児島県阿久根市の海から81年ぶりに旧日本海軍の戦闘機「紫電改」の機体が引き揚げられたという記事を読んだ。同機は1945年4月21日、襲来したB29爆撃機を迎撃中に被弾し、不時着を試みて殉職された海軍第343航空隊の林喜重大尉の機体とされている。 この記事を目にしたとき、ふと高校生のころに読んだ漫画『紫電改のタカ』の記憶が鮮烈によみがえった。

1960年代後半は、まだ街のあちこちに戦争の名残が強く残る時代だった。当時は一時期、戦記物が大流行しており、戦場体験者には眉をひそめる向きもあったことだろうが、戦争を知らない子供だった私たちは、時代劇同様の「格好良さ」として受け止めていた側面もあった。

高校二年の冬、なんとはしかにかかって自宅療養していた時、級友が一冊の漫画雑誌(別冊少年マガジン)を差し入れてくれた。その中に『紫電改のタカ』があった。 今でも深く記憶に残っているのは終盤のシーンだ。大分駅に主人公の母親と幼馴染の信子が到着するが、一歩遅く、主人公の滝はすでに特攻として飛行場を飛び立っていく。物語はそこで終わる。

久しぶりに、古本屋で買ってあったコミック版全6巻を読み返してみた。結末以外の内容はほとんど覚えていなかったが、ちばてつや氏の描く人物や機体は丸っこくデフォルメされており、戦場の荒々しさはあまり感じられない。若い世代の何気ない軍隊生活や葛藤が淡々と描かれていく。 空中戦の描写はかなり荒唐無稽といってもよいものだが、仲間の死という結果が描かれるたび、いつも冷徹な正気の世界に引き戻される。ここで作者は、人命軽視への批判を、物語と現実を交差させながら繰り返しているのだ。そして主人公は、敗戦を確信しながら特攻へと追い込まれていく。 343空は本土防衛の「迎撃部隊」として知られていただけに、当時は特攻の描写に違和感を覚えたものだが、これこそが「組織の論理」という不条理に押し切られていく個人を描き切った形だったのだと、今になって気づかされる。

現在、引き揚げられた紫電改の主翼やエンジンが一般公開され、多くの人が見学に訪れているという。 機体は機械であっても、それを操っていたのは人間だ。あの操縦席には、間違いなく血の通った人間が座っていた。その事実は、単に貴重な機体を保存して展示すれば事足りるのだろうか。 それは、いわば「ジュラルミンの棺」である。この機体を通して、棺に込められた生々しい人間の記憶を、私たちは後世に伝えていかなければならない。