2026-04-18

昨日はJIA関東甲信越支部住宅部会50周年記念パーティーに出席のため上京する。
実行委員会の働きかけにより100名を超える会となった。久しぶりに多くの部会員の姿を見る機会となり、50年という時間の重みをあらためて感じた。こうした場に立つと、組織というものが人の積み重ねであることを否応なく意識させられる。

私が第41代住宅部会長を仰せつかった2020年は、まさにコロナの勃発期であった。上京することもままならず、活動はオンラインに終始した。首都圏の部会員の助けにより任期を終えることはできたものの、十分に全うしたとは言い難く、苦い記憶として残っている。もっとも、同じような思いを抱いた役員も少なくなかったのではないかと思う。

JIA(日本建築家協会)への入会は1987年に遡るが、東京との地理的距離が障壁となり、会の行事に参加する機会は限られていた。やがて支部理事会出席のために上京を重ねるうち、その距離感は徐々に埋まり、2007年に日頃身近な分野である住宅部会に参加させていただくこととなった。距離というものは、物理的なものだけではないらしい。

手元の50周年記念誌を読むと、入会には身近な方からの紹介が多かったことがわかる。群馬からただ一人の参加ということもあり、当初はなかなか打ち解けることができなかったが、部会後の反省会(軽い飲み会)の場で会員の皆さんが気さくに声をかけてくださり、徐々に話題の中に入ることができるようになった。こうした場の積み重ねが、結果として関係をつくっていくのだろう。

やがて市民セミナーの講師に誘われ、人前で話す機会を得たことで、自らの現況を整理し、「考える」という行為を改めて意識するようになった。講師を共にした方々との交流も自然と深まり、斎藤孝彦さんを囲んでプロフェッションを研究する会にも参加させていただいている。こうした参加の背景には、森岡茂夫さんのお手伝いをした「小規模用設計監理契約書」改訂作業の経験があり、建築家の立ち位置について改めて考える契機となったことが大きい。振り返れば、いずれも偶然のようでいて、無関係ではなかったようにも思える。

記念誌『私と住宅部会』を読みながら、これまで時間を共にしてきた部会員の顔が浮かぶ。昨日も「今日は泊まりですか」と声をかけられた。いまだに距離を感じる場面や、東京圏のネットワークからの疎外感を覚えることもあるが、それでも時間を超えて通じ合うものがあることに気づかされる。

住宅部会に所属したことが、自分の人生をより豊かなものにしてくれたことは間違いないであろう。