撮影 齋部 功
「大手町の家」と木造住宅
開業前からお付き合いのあったクライアントから、移転先の住宅について相談を受けた。「大手町の家」である。
住まいへの思いが強く、基本設計には時間をかけた。数寄屋住宅をつくりたいという希望に対し、私なりに考える方向はあったが、まずは実際の日本建築を一緒に見てみようと、京都へお誘いした。
幸い、後輩のつてで、京都の工務店の社員の方に案内していただくことができた。町家を巡り、村野藤吾の事務所が設計した建築の工事現場も、外からではあるが、のぞかせてもらった。
閉じられた坪庭に差し込む光、人体のスケールに基づいた庇の寸法。漠然と見ていた町家の、その濃密な空間を、私自身も改めて実感した。クライアントにも設計の方向性を理解していただき、ようやく案をまとめることができた。
ただし、それまでの仕事の多くは非木造の大型案件だった。一般住宅の設計経験はあったものの、むくり屋根を採用したことで軸組も複雑になり、図面にまとめる段階でも苦労した。
完成した住宅は、工事中からご覧になっていた方の目に留まり、新たな設計の依頼につながった。
その住宅でクライアントが指名された施工者は、渋川市の津久井工務店だった。自宅の近くで、同じくらいの規模のRC住宅を施工していたことは知っていたが、仕事をご一緒するのは初めてだった。
当時の会長が事務所に見えた。非常にお元気な方だったが、初対面でもあり、多少の不安はあった。
しかし、工事が始まると、その心配が杞憂だったことを思い知らされた。とりわけ、現場を担当した大工の岡田さんの丁寧な仕事ぶりには、目を見張るものがあった。
完成した住宅は、群馬県住宅設計・建設コンクールで知事賞をいただいた。会長とは、亡くなられるまで長いお付き合いをさせていただくことになった。
建築展と齋部功さん
開業から5年ほど経ったころ、「建築展」を開催した。
大風呂敷を広げるという言葉がある。中身も十分にそろわないうちに大風呂敷を広げたようなものだった。絵を描いていたころの経験から、展覧会の開き方は心得ていた。ただし、肝心の出し物がそろわない。
建築を伝えるうえで、写真は重要な存在である。友人の高橋一男さんに相談すると、自身の作品を撮影してもらっている建築写真家の齋部功さんを紹介してくれた。
こちらは、なけなしの費用を捻出しての依頼である。いくつかの作品を一日で撮ってもらおうという魂胆だった。一棟につき2~3カット。慌ただしく現場を巡る撮影となった。
驚いたのは、カメラのセットにはじっくり時間をかけるものの、ほとんど依頼したカット数しかシャッターを切らないことだった。一枚を撮るまでに、これほど時間をかけるものなのか。その仕事ぶりが印象に残った。
ところが、「大手町の家」に着くと、雰囲気が変わった。依頼した枚数をはるかに超えて撮影が続く。さらに、夕景も撮りたいので、3時間後にもう一度戻るというのだ。
そうして撮影された写真は、後に講談社の『新感覚の和のインテリア』に収録された。
数多くの著名な建築を撮影してきたプロの目に、自分の設計した住宅が留まった。そのことは、その後の仕事への大きな励みとなった。
小見先生のアトリエで見たスライドが、カメラを手にするきっかけだったとすれば、齊部さんとの出会いは、写真への興味を一段と深める機会だった。
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