2026-10-13
「ふるさとがえり」とは、2013年2月16日に観た映画の題名である。当時、埼玉県本庄市の久保医院の設計監理に従事しており、建築主に薦められて自主上映会で観た作品だ。
75歳の後期高齢者入りを目前にして、そろそろ自分の帰る場所を探さなくてはいけない時期に差し掛かった。そんな折、資料を整理していて、この映画の記録がふと目に留まった。
都会で暮らしていた主人公が故郷に戻り、昔ながらの人間関係に戸惑いながら、ふるさととのつながりに向き合う。舞台は岐阜県恵那市。市町村合併を背景に、「心の合併」を目指して制作された映画である。
中部地方は群馬からはやや縁遠いものの、飛騨高山や馬籠、妻籠など、建築ファンには欠かせない土地がある。また、ローカル線からも目が離せない。秋の連休の最終日、明知鉄道に乗り、恵那市の岩村町を訪ねた。
終点の明智町まで足を延ばしたいところだが、今回、目に留まったのは岩村町であった。戦国の歴史を伝える城下町である。背後に控える岩村城は日本三大山城の一つに数えられ、森蘭丸に与えられたとの伝承も残る。
岩村へは東海道経由でも中山道経由でも行けるが、今回は秋の木曽路を縫って走る中央西線を選んだ。沿線は稲刈りの最中。気の早い木々は紅葉が始まったばかり。秋のしなの路である。
名古屋と長野を結ぶ特急「しなの」は、振子式の車体を傾けながら、木曽路の曲線の多い区間を走り抜ける。運転席すぐ後ろの席を確保し、高速でカーブを抜ける様を楽しむ。新幹線は、ともすれば「乗せてもらっている」感が強いが、しなのの最前列は「乗っている」感が強い。どちらが楽しいかといえば後者である。

恵那には特急が停まらないので、二駅手前の中津川で普通列車に乗り継ぐ。わずかな時間を利用して、当地の名物「朴葉鮨」を調達。ただし、恵那駅まで我慢。到着すると、駅のベンチで早速いただいた。
乗車予定の列車は、食堂車を3両もつないだにぎやかな編成。2台の観光バスから降りてきた団体さんで、駅は混み合っていた。もっとも、食堂車の乗客は終点まで乗っていくので、岩村では降りない。一般客が乗れるのは1両だけである。急行扱いで、途中いくつかの駅を通過する。
明知鉄道は、ローカル線のわりには駅と駅の間が長く感じられる。幹線道路から離れ、人家の少ない木立や田畑の間をひたすら走る。乗った車両は富士重工製のレールバス。銘板に残る社名が妙に懐かしい。
岩村駅は小さいながら、列車の行き違いができる交換駅である。すでに上り列車が待機していた。岩村はドラマ「VIVANT」のロケ地としても注目されている。その列車も「VIVANT」のラッピングをまとっていた。
岩村の町は、岩村城に向かう緩やかな坂に沿って形成されている。奈良井や妻籠のような宿場町の華やかなたたずまいに比べると、武家社会の暮らしを映すような、やや地味な印象がある。しかし、現在公開されている町家はどれも立派で、前橋にはこれほどの商家があっただろうかと思うほどだ。交通手段が発達していなかった時代、この山間の盆地にこれだけの町が営まれていたことに驚かされる。
旧柴田家、加納家、勝川家、土佐屋、木村邸と、公開されている町家を訪ねた。松浦軒本店や岩村醸造など、現役の町家にも入ることができた。特記すべきは、公開されている町家の見学がすべて無料であることだ。寄付された建物であっても、古い建物を守り続けることはたやすくない。
建築士の目で見れば、その文化財としての価値はよく分かる。しかし、観光で訪れる人に、その大切さが十分伝わっているだろうか。砂壁や木の柱など、一度傷が付けば容易には元に戻せないものばかりである。素足で座敷に上がる人を見かけ、はっとした。
恵那市には、これらを単なる観光資源としてではなく、後世に残す文化財として、その価値と見学の際の心配りをしっかり伝えてほしいと思う。一方、現地で管理されている方々は皆さん気さくで、こちらの愚問にも丁寧に答えてくださった。こうしたやり取りも旅の楽しさである。
ドラマ『VIVANT』のセットが残る木村邸
町歩きの合間には、岩村醸造で角打ちも楽しんだ。実のところ、歩き疲れてひと休みしたかったのだが、思いのほか喫茶店が見当たらなかった。喫茶店代わりのつもりが一杯となった。列車の旅ならではの休憩である。W COFFEEにも立ち寄り、こちらではコーヒーを飲んでひと息ついた。
松浦軒本店では、カステーラと栗きんとんを買い求めた。出かける前は栗きんとんなら「すや」とこだわっていたが、岩村にも伝統ある菓子店があることを知った。その土地を訪ね、その店で買う。よい買い物になったと思う。
写真撮影では、観光客の写り込みに苦慮した。しかし、この日は祝日である。上町では家々に国旗が掲げられていた。今や希少な光景である。
国旗を政治利用するような動きには嫌悪を覚えるが、古い町並みに白地に赤い日の丸はひときわ映える。明治以来、さまざまな出来事を見守ってきた旗である。その歴史とともに、素直な気持ちで受け入れたい。
午後4時を過ぎると、急に町は静かになる。観光客の姿が減り、町本来の暮らしに戻っていく。11月であれば家々に灯りがともり始める頃だろうが、夕焼けの色を帯び始めた空はまだ明るい。名残惜しい気持ちを引きずりながら、岩村駅まで緩い坂道を下った。

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列車を待つ間にも、日はどんどん傾いていく。乗車し、恵那駅に着く頃にはすっかり日が沈んでいた。中津川駅では夕食を調達しようと売店に走ったが、駅弁はすでに売り切れ。ありきたりの食料を買い求め、再び特急「しなの」に乗る。
今度は指定席の5号車。外は真っ暗である。少しうとうとしているうちに松本に到着し、多くの乗客が降りていった。
人の少なくなった車内は、夕方独特の疲労感をまとっている。列車は4分の遅れを取り戻そうとするかのように、山を登っていった。
長野で新幹線「あさま」に乗ると、急に日常へ戻った気がする。高崎の町の明かりが目に入ると、もはや一日の終わりを突き付けられたような思いになる。ともあれ、無事に帰宅した。
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