2026-08-06

今日は広島市がアメリカ軍の爆撃機から投下された原子爆弾により壊滅的な被害を受けた日。
アメリカ軍の指揮官の中には、「敗戦していれば自分たちは戦争犯罪人として裁かれていたはずだ」と後年語った人物もいる。

当時アメリカ軍は空襲前に各地で爆撃予告と避難勧告のビラを投下していたという記録があるが広島の場合はどうだったのだろうか。当日は少数機で飛来したため、日本側は本格的な空襲とは判断せず、迎撃も限定的だった。

かつて全世界に向け「ノーモア ヒロシマ」という呼びかけが盛んに発信された。被爆国としての切実な主張だったのだが、近年はむしろむなしさを覚える。
かつて海軍兵学校卒の海上自衛隊幕僚長が「戦争経験のない世代が非常に心配だ」ということを語っていた。まさに現政府の指導者は私よりさらに若い世代に移っている。

私は叔父を戦争で亡くし、また空襲の焼け跡で過ごした経験もある。木造家屋でふろ場のタイルだけが残っているがれきが遊び場だった。
ゲームのようにリセットはできないのが人の命である。想像力の欠如、これは本当に怖いことである。 戦争は感情で始められても終結は理性でしかなしえない。

ウクライナではドローン兵器が戦場を変えたといわれる。ウンカのような飽和攻撃を受けたら狭い日本などひとたまりもない。
原子爆弾を使用しなくてもである。すでに原子爆弾が抑止力にもなりえないことに気づくべきだ。

そして、お花畑と揶揄されようが、戦争を避けるための平和的な方法を探し求めてほしい。
何のために連合国側は国際連合を創設したのだろうか。理性による諸問題の解決を切に願う。