八月のこの時期は、仏教の盂蘭盆会と日本古来の祖霊信仰が結びついた「お盆」の期間である。民間企業でも、この期間を夏季休業に充てるところが多い。 そして、偶然とはいえ八月十五日は先の戦争が終結した日とされ、一般に「終戦の日」、あるいは「終戦記念日」と呼ばれている。
お盆と終戦の日が重なるこの時期は、亡き人を偲ぶとともに、先祖が生きた時代や、そのたどった道に思いを巡らせる機会ともなる。偶然の重なりにすぎないのだろうが、どこか不思議なものを感じる。
毎年この時期に話題となるのが、靖国神社への参拝である。靖国神社は、明治維新以降、国事に殉じたとされた人々を祀る施設として設けられ、各地には護国神社が置かれた。昨日も政府の閣僚が参拝したとの報道があった。
ところで、お盆には亡くなった人々の霊が、それぞれの家に帰ってくるとされている。そうであるなら、この時期に御霊は靖国神社に集まっているのだろうかと、素朴な疑問も浮かぶ。もっとも、我が家は神道なので、仏教のお盆として特別に先祖を迎えることはない。
古くからの祖霊信仰としての神道と、近代国家が戦没者を祀るために制度化した神道。同じ神道という言葉で呼ばれながら、その間にはどこか隔たりがあるように思う。仏教と神道、祖霊信仰、さらには国家の制度までが重なり合う日本の宗教は、不思議なものである。
私は靖国神社そのものや、そこに祀られた方々を批判しようというのではない。気になるのは、その御霊が政治の場でどのような言葉によって語られ、利用されているかということである。
靖国神社への参拝をめぐる報道で、毎年気になる言葉がある。「国のために命を捧げた」という言葉である。 戦場で敵と戦い、亡くなった人々がいることは事実である。
しかし、なぜその敵と戦うことになったのか。誰が、どのような判断によって戦争を始め、拡大させたのか。そして一人ひとりは、何のために死ななければならなかったのか。政府の要人がそこまで踏み込んで語ることは、あまりない。
「国のために」という言葉だけで包んでしまえば、戦争に至った過程も、政治や軍部の責任も見えにくくなる。慰霊することと、戦争を始めた国家の意思決定を検証することは、本来、切り離せないはずである。 当時の日本は、すでに中国との戦争を続けており、さらにアメリカ、イギリス、オランダなどと戦い、終戦直前にはソ連も参戦した。 だが、現在の若い世代は、そのことをどこまで実感をもって認識しているだろうか。
当時のアジアの多くが欧米列強の植民地支配下にあり、日本も中国大陸をはじめとするアジアで勢力と権益を拡大しようとしていた。そうした帝国主義的な利害の衝突が、戦争へ至る背景の一つとなった。
現在、アメリカの文化や生活様式に深く親しんでいる日本人には、米英を「敵国」と呼んで戦った時代を想像することさえ難しくなっている。 もちろん、かつての敵国への憎しみを受け継ぐ必要はない。しかし、憎しみを乗り越えることと、戦争の事実関係を曖昧にすることは違う。日本ではすでに遠い過去となりつつある戦争も、中国をはじめ日本の侵略や占領によって被害を受けた国々では、現在にもつながる記憶として残されている。そこには政治的に利用される側面があるとしても、その根底にある被害の歴史と感情を軽視することはできない。
和解とは、双方が忘れることではない。互いが異なる記憶を持っているという事実を認め、そのうえで同じ過ちを繰り返さない関係を築くことである。
戦没者の御霊に対して、いまを生きる私たちにできることは、同じような事態を二度と起こさないよう努めること以外にないのではないか。そのためには、単に「反省」や「平和」を唱えるだけでは足りない。
戦後世代の政治家には、戦争に至った事実関係と意思決定の過程を学び直し、敗戦後の日本が何を原点として歩み始めたのかを見定めてほしい。
そのうえで、他国の言葉にただ迎合するのでも、過去を都合よく語り直すのでもなく、歴史に対する責任を自ら引き受けることこそ、独立国としての矜持ではないかと思う。
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