かつて、飲食店の設計を多く手掛けていたころ、デザインリサーチと称して東京都内の店を回った。東京で生まれた流行が時差を伴って前橋にもやってくるだろうという、店側の判断もあってのことだ。当時でさえ、潤沢な予算で造られた店舗の完成度の高さには目を見張るものがあった。しかし、それを地方都市にそのまま持ち込むには、コストと文化という二つの壁があったように思う。それでも、目新しさは一定の集客効果を生み、成果を上げることができた。
今、前橋の街では東京資本の飲食店が増えてきた。かつて苦労したコストの壁などものともせず、従来の感覚からすれば一・五倍から二倍以上とも思える価格設定で営業している。広報も巧みで、客入りもまずまずのようである。しかし、その多くは地元客というより、市外からの来訪者や旅行者ではないかと思う。そこでは東京にいるような感覚を味わえるが、普段使いの店というわけにはなかなかいかない。
東京で流行する業態の移り変わりは目まぐるしい。その流行を時差をもって受け入れるには、どこか一抹の違和感を覚える。一方、地元に根付き、営々と店を守り続けてきた店には目新しさはないかもしれない。それでも、心が安らぐのは、昔から変わらずそこにある人と店なのである。
東京の店は新しい体験を与えてくれる。しかし、街への愛着を育てるのは、長い年月をかけて人と人との関係を築いてきた店である。流行は移ろうが、街の記憶はそう簡単には置き換わらない。前橋がこれからも前橋であり続けるためには、新しい店を受け入れると同時に、街の記憶を宿した店を大切にする視点も忘れてはならないのではないだろうか。
振り返れば、東京への憧れがなかったとは言えない。設計者として流行を追いかけていた頃は、それが仕事でもあった。今でも東京を歩けば、その豊かさと活気に目を奪われる。皇居のお濠端を歩くたび、日本はまだこんなに豊かな国だったのかと驚かされる。そこに暮らす人々への憧れが消えたわけではない。
それでも今は、前橋には前橋の時間が流れていると思えるようになった。そのゆるやかな時間の中で育まれてきた人と店との関係は、この街ならではの財産なのだろう。東京への憧れは残っている。しかし、その憧れとは別に、今は前橋の時間の流れを大切にしたいと思っている。
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