2026-07-21
病院の長い診察待ち時間、退屈しのぎに本棚から引っ張り出した『カレチ』の第一巻には、池田邦彦氏の出世作『RAIL GIRL 三河の花』が併載されている。ページをめくるうちに思わず涙腺が緩んでしまった。
松本清張の小説もそうだが、ストーリーの時間軸に「鉄道」という要素が絡み合うと、立ち現れる情景が立体的に浮かび上がる。
あらためて全巻読み直したくなって全5巻の残りを注文したのだが、古本屋から順不同で届きはじめ、あろうことか最終5巻目が最初に手元へやってきた。そこに描かれていたのは、国鉄分割民営化前夜のあの重々しくも切ない空気感だった。
ここ最近、国鉄時代を駆け抜けた車両や歴史ある駅舎の引退・解体が相次いでいる。それに伴い「撮り鉄」と呼ばれる一部の心ない行動が社会的な批判を浴びる機会も増えた。私自身、彼らの過熱した熱気をどこか冷ややかに眺めていた。
しかし一部の人たちにとってその熱気の正体は単なる「鉄の塊」への憧憬だけではなく、人間が力技で鉄路を守っていた時代のアナログな温もりへの郷愁ではないだろうか。
そもそも国鉄という組織は、その生い立ちからしてある種の不幸を背負わされていた。車社会化による鉄道離れという構造変化に加え、戦後の海外引き揚げ者の受け皿という国策的な雇用の重荷、さらには政治家たちの「我田引線」によって作られた不採算路線。そうした外的要因によって経営難へ追い込まれていった側面は否めない。
しかし、どれほど経営が苦しくとも、現場にいた膨大な「人の手」によって真剣に鉄路が守られてきたのもまた、紛れもない歴史の事実だ。
世界に誇るあの正確無比な定時運行は、自動化されたシステムではなく、血の通った人間の意地と努力によって維持されていた。猛ふぶきの夜、人海戦術でラッセルをかけ、ポイントの雪をかき分けた記録。
その「愚直なまでの愚直さ」は、東日本大震災の際、被災地へ燃料を届けるために全国から老兵DD51形機関車を集結させて実現したあの迂回燃料列車にも、脈々と受け継がれていたはずだ。
いま、私は冬の北海道旅行を計画している。 手元の時刻表を開いて唖然とした。地方都市の近郊ローカル線など比較にならないほど列車本数が少ない。経済効率という冷徹なものさしで測れば、廃線という言葉がいつでもチラつく世界だ。
それでも、レールは日本の最北端・稚内まで途切れることなく繋がっている。 車や飛行機とは違う、ずっしりとした信頼感。ただ鉄の棒が伸びているだけかもしれない。
それでも「繋がっている」という事実そのものが、遠く離れた人々の心までもしっかりと繋ぎ止めているように思えてならない。
冬の北の大地へ向かう列車に思いを馳せながら、そんなことを考えた。
コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。