2026-07-16

今年も七夕まつりは大変な賑わいだった。若い人たちがこれほど街に集まる光景を見るのは年に数回しかない。しかし、その賑わいを見ながら、私は少し複雑な思いにもなった。 「この人たちは、祭りが終わればまた郊外へ帰っていく。」

私が住む町内は、中世に前橋の町が形成された頃から続く道筋にある。小学生の頃には、この通りだけで日々の買い物のほとんどが済んだ。魚屋、肉屋、八百屋、履物屋、文房具屋……店はどれも間口四間ほどの小さな店だったが、それで十分に街は成り立っていた。

当時の商店街は、商売をする場所であると同時に、人が暮らす場所でもあった。店の奥には住まいがあり、店主も家族もそこで生活していた。祭りも町内会も消防団も、その暮らしの延長線上にあった。

前橋では「通い店」という言葉があった。郊外に家を構え、商売の時間だけ店へ通うことを指す言葉である。この言葉には、店に住み続ける人の複雑な感情も込められていたように思う。

しかし、それは個人の問題というより、職住分離という時代の流れだった。 人が住まなくなれば、街は生活の場ではなくなる。そして商店街は「商売をする場所」へと姿を変えていくことで郊外の大型商業施設との違いはしだいに縮まった。

現在も街では様々なイベントが行われるようになった。それ自体は喜ばしいことである。しかし、そこに集まる賑わいは、かつてこの街にあった暮らしの賑わいとは少し性格が違うように思える。

かつての街へ戻ることはできないだろう。しかし、新しい街を考えるのであれば、この街が長い年月をかけて育んできた暮らしの積み重ねまで失ってほしくはない。七夕まつりの賑わいを眺めながら、そんなことを考えていた。