2026-07-06
最近、近在の私鉄の駅を訪ねて写真を撮ることが多い。JRで優等列車が新幹線へ移り、かつての幹線であった上越線や信越本線は寂しい限りである。国鉄型の車両も残りわずかとなり視線は自然と地元の私鉄に向いてしまう。
今日は上信電鉄山名駅を訪れた。上信電鉄は高崎と下仁田を結ぶローカル線であるが社名が示すように信州方面まで延伸構想を抱いていた。しかしその夢が実現することはなかった。線路は一旦山名付近まで観音山丘陵を迂回し、その後は鏑川に沿って集落をつないでいく。終着駅の山に囲まれた下仁田駅とは異なり、山名駅は平地の市街地にあるが山名八幡宮の境内に直結した駅である。
また自分にとっては父方の祖母の家が駅のすぐ前にあり、正月やお盆の時期には父に連れられて度々集まった従姉弟達と休暇を楽しんだ。
夕方、駅のホームに立つと入野駅を出た電車が夕焼け空の下、大きなカーブを進入してくるのが見えた。先日飲んだ従兄も同様の記憶があると話していたが当時の田畑には住宅が立ち並びその面影はない。
駅舎は開業当時のものであろうか古い木造の建物を改修して現役である。ここでは記憶がつながる。線路の枕木もコンクリート製に更新されつつあるが上り線側には木の枕木が残る。ホームは何度も改修された痕跡が長い歴史を感じさせてくれる。
祖母の家
祖母も亡くなり、叔父夫妻も亡くなると空き家になっていたが借地であるので整理して今は駐車場のようになっている。

お別れの会を従姉や従兄と過ごしたことも遠い思い出になってしまった。
参拝の人たちが行き来する境内で電車を待つが45分程度の運転間隔であるから山名八幡宮の近くのパン屋 ピッコリーノの菓子パンを、さらに次の電車を待つ間にカフェのDAICONのドライカレーに手を出してしまった。休日らしいのんびりした昼食のひと時を楽しむ。
ここではJRの移籍組の旧107系車両が710型として5編成活躍している。車齢40年越えながら国鉄時代の機器を流用して作られた堅牢な車両。かつては前橋付近でも頻繁に見ることができた電車である。
今日は懐かしい出会いが沢山あった。やはり山名は自分にとって特別な時間を紡いできた土地柄である。帰宅後、古い写真を探しながら、失われた風景と残された記憶を改めて辿ってみた。
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