2026-06-16

「レタッチ」という言葉がある。絵を描いてきた身としては、直訳的に「修復」と捉えてきた。剥げてしまった絵具を足すような行為。あるいは、葬儀の遺影のために古い写真を直す「レタッチ鉛筆」などが思い浮かぶ。

現代のSNSに氾濫する画像を見ていると、それらとは何かが違うという違和感を抱いてきた。私にとってレタッチはあくまで「補強すること」だったが、今のそれはまるで「偽物の画像を作り出すこと」のようでもある。

RAW現像は、単に撮像素子が記録した生データを、人が見られる画像データに変換する作業だ。これを編集ソフト等でJPEG形式などの画像データとして定着させる行為を、私たちは現像と呼んでいる。

一方で「撮って出し」という言葉もある。これはフィルム時代の名残かもしれないが、カメラ内で生成されたJPEG画像をそのまま使用することだ。しかし、PCの現像ソフトであろうと、カメラ内の現像エンジンであろうと、他者(メーカー)か自分か、いずれかのフィルターを透過して視覚化されたことには変わりがない。

しかも昨今では、AdobeのようにAIを駆使した、元とは別物のような画像変換技術を進めている向きもある。そうして生み出されるものには、常に「偽情報」として悪用される危険性がつきまとう。

さすがにこうした状況に対し、オリジナルを証明する規格も整いつつある。それが「C2PA」だ。C2PAは、撮影から編集・出力に至るまでの来歴情報を記録し、その真正性を検証できるようにする規格である。

このような時代の変化を経て、ようやく自分の写真の位置づけが明確になってきた。写真とはいえ、カメラやレンズの設定による写りは様々だ。そのなかで何が「真」なのか。同じ焦点距離、絞り、感度であっても、RAW現像の第一段階(初期状態)で見える絵はメーカーやソフトによって大きく違う。

だからこそ、その光を自分の心象風景とすり合わせ、調律していくこと。これこそが私の写真であり、楽しみだ。少なくとも趣味としての写真は、この範囲(制約)にとどめておきたい。仕事としての写真では、時にこの範囲から逸脱しなくてはならないこともあるからこそ、趣味の写真とは明確に別物であると心得ている。