職場の研修旅行で九州北部の建築見学に同行した。観覧対象は多岐にわたるが、今回は近代様式建築に焦点を絞った。江戸期の出島をはじめ、公式・非公式を問わず大陸側との交流が重層的に存在したことは想像に難くない。明治以降、西欧と東アジア双方の文化・文明がいち早く伝播し、この地域は独自の都市文化を育んでいく。
福岡市内で「アジアのリーダー都市をめざして」というスローガンを目にした。都市圏の中心が東京であるという現実を踏まえつつも、ここにも別の渦が生じていることは興味深い。少し過去へさかのぼり、この地方が刻んできた建築史の地層をたどることにした。
【写真:旧唐津銀行本店本館(1912年竣工)】
辰野式意匠を伝える唐津の代表的近代建築。唐津市中心部に建つ 旧唐津銀行本店本館(旧唐津銀行) は、日本近代建築の祖・辰野金吾や曽禰達蔵の出身地に建てられた建物である。古来より港町として栄え、伊万里・有田の焼き物を世界各地へ送り出してきた土地柄を背景に、この銀行本店も近代唐津の象徴的存在となっている。辰野の直接設計ではないが、その意匠を継承し、煉瓦と塔屋が街の景観に端正な輪郭を与えている。
【写真:旧日本生命保険株式会社九州支店本館(1909年竣工)】
煉瓦と石材のボーダーが特徴の典型的辰野式。福岡市中心部に建つ 旧日本生命保険株式会社九州支店本館(旧日本生命福岡支店) は、煉瓦に石材ボーダーを組み合わせた典型的な辰野式意匠である。東京駅とも通じる様式性を持ちながら、立方体窓の反復が独特の力強さを生み、周辺の現代建築には見られない密度を保持している。手仕事の痕跡が随所に残る、明治期オフィス建築の秀作である。
【写真:門司港駅本屋・正面(1914年竣工)】
大正期駅舎として唯一の重要文化財。次に門司港へ向かった。門司港駅本屋(門司港駅) は大正期の木造駅舎として唯一の重要文化財であり、かつて台湾、中国・大連等と接続した国際交通の拠点だった。阪急梅田駅のような賑わいはないものの、櫛形ホームや木造上屋が静かに歴史の厚みを伝えている。JR九州が観光向けに構内入場券を販売しているのも、この駅舎自体が“観るべき建築”であることの証左だろう。
【写真:門司港駅本屋・構内(1914年竣工)】
櫛形ホームが往時の姿を今に残す。
【写真:門司税関本館(1891年創建・1912年再建)】
赤煉瓦が港町の歴史を物語る旧税関建物。周辺には 門司税関本館(旧門司税関) や旧日本郵船関連建物、旧JR九州本社ビル跡などが並び、近代港湾都市としての華やぎを連続的に示している。
【写真:海面に映る門司港の景観】
建物の影が海に揺れる静かな港の風景。海から遠く離れて暮らす身には、海面に影を落とす建物群の姿が、世界へ開く入口としてひときわ大きく映った。
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