8月15日について
戦争が終わって7年目に生まれた。この年の4月28日にサンフランシスコ条約が発効し、ようやく形の上では占領から解放された。以来71年、直接戦争にかかわらずにきた日本。隠忍侍従の連続はいまだに続いている。
8月になると一般市民は戦争被害者として扱われる報道がなされるが戦争加害者について報道されることは少ない。

一番の加害者は開戦という大きな過ちをした当時の政治指導者である。今日の追悼式でもその反省の言葉は聞かれなかった。いまさら当時の戦争指導者について個人をどう評価してもあまり意味がないが、明らかにおかしな状況であっても国の進むべき方向は健全であってほしい。戦争見積もり(兵站能力)がでたらめであったことは明白ながら組織の論理、それも個人のメンツでゆがめられたことは少し歴史を調べるとわかることだ。

ウクライナのような戦争はもう起きないと思っていたのに起きてしまう。台湾も怪しい。特にそうなると国境を接している日本も当然巻き込まれてしまう。いまや中国は1940年代とは全く違う国に成長してしまった。その差は国土面積を見るまでもなく歴然としている。中途半端に防衛費を増やしてもどうなる差ではない。弱者がどう国を守るか、島国である日本はウクライナと違って陸路での援助は期待できない。まさに外交努力が試される時が来た。

そして敵国が攻めてきたとき銃を持つ覚悟があるだろうか。生身の人間としてゲームではない血の流れる現実を直視しなければならない。戦争映画もその視点から見てほしい。

古くはスペイン(フィリピン)、ポルトガル(マカオ)、そしてオランダ(インドネシア・ボルネオ)、イギリス(インド・ミャンマー)、フランス(ベトナム・ラオス・カンボジア)は世界中植民地獲得合戦を繰り広げてきた。そして遅れて登場したアメリカ、ロシア、ドイツを含めた最終段階が中国であったと思う。植民地政策は経済侵略だけではなく、宗教の押し付け、さらには民族浄化にまでつながる。現中国が行っていることだ。

日清戦争で気が大きくなった日本が他の植民地支配国との軋轢が引き金となって満州事変、日華事変、太平洋戦争へとつながる。
そのような時代感覚は現代の日本ではなかなか理解できないところだが、まさに弱肉強食の世界であったという時代背景もあることは事実であるが日本の行ったことを正当化するのは難しい。。

戦後は疲弊した欧州に変わりアメリカとソ連(現ロシア)が二大大国として台頭し、冷戦という時代に入る。アメリカ占領下であった日本はアメリカに協力することで戦後を生き延びることになる。そのため利用価値のある戦争指導者の一部は極東裁判にかけられることなく日本の指導者に復帰する。
アメリカが望む平和日本はアメリカに逆らわない日本であって朝鮮戦争では後方の兵站を担い、そのことが戦後復興に大きく貢献した。そして武装放棄させたにもかかわらず、保安隊、現在の自衛隊も復活させた。

以来パックスアメリカーナの道を歩んでいるが日米安全保障条約の幻想にとらわれることなく自身の判断で運命を決めなくてはならない時代が来た。