
インスタグラムで自分にとって今一番楽しみにしているのは2014年に亡くなった青森県の工藤正市さんの残した膨大な量のネガフィルムを遺族がデジタル化して、毎日投稿されている画像である。
地元紙の記者をしなが撮りためた画像は現代の軽薄なインスタグラムの画像とは全く異質である。写真集ももうじき「みすず書房」より出版されるとのこと。
ジャパンタイムズ フォトエッセイ 「発見された遺産 工藤翔一の青森の親密な描写」として掲載されている。
インスタグラムより shoichi_kudo_aomori
https://www.instagram.com/shoichi_kudo_aomori/?hl=ja
青森県は昨年JIA全国大会で弘前市を訪れており未だ記憶に新しいところだ。ずっと青森県の写真を取り続けてこられた工藤正市さんの画像は1950年代のほとんどモノクロ画像のものだが不思議な存在感がある。
単に懐古趣味で懐かしがるのではなく、もっともまずその感情が沸き起こるのだが、撮影された人々相互の距離感が現代が失ったものを感じさせる。
決して豊かではない当時の状況ながら、夫々生き生きとした表情で写っている。また厳しい自然の中で寡黙だが力強い表情も印象的だ。
今は言葉も均一化された国内だが、それでも地元の人の間ではやわらかな青森方言がかわされていた。なぜかコンビニの定員は標準語。地元の女子高生は地元の言葉。いまでこそ夕方前橋を発ってもその日もうちの青森に到着する。北海道への玄関を新幹線にゆずった青森駅はその長いホームを持て余していた。記録映画に出てくる夜行列車から長い跨線橋を渡って青函連絡船に向かう風景を味わってみたかった。

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