
1990年夏、スペインに旅行した。マドリッド、トレド、グラナダ、バルセロナを廻る。ついでにパリ、ジュネーブ、ベルン、ハイデルベルグ、フランクフルトにも立ち寄る。
友人のKさんの関係でフリーのカメラマンの旅行に便乗ということで旅行会社の主催旅行ではない。そのときにヨーロッパへの往復に旧ソ連のアエロフロートを利用、機材がイリューシン62Mだった。貧乏旅行には皆さんよく利用していた。
その前年の旅行がBAのB-747だったので成田での初見は小さいなというのが第一印象。機内に入るとエアコンの霜を盛大に白く吐き出している。ちょっと嫌な予感。それでも飛び立ってしまえば騒音値が高いといわれるエンジンも機体後部に取り付いているので然程にならない。CAさんは年配のやや体格の良い女性。操縦室のドアは鍵がかかっておらずトイレのドアと間違えて開てちょっとバツが悪い。トイレの紙はロールではなく硬い四角い紙が隅に置いてあり、ちょっと懐かしい感じ。モスクワ着陸の際は雲の上から急降下。パイロットの操縦桿の操作が伝わってくるような機体の姿勢の変化。少し怖い。モスクワ乗り継ぎだったので一旦空港建物に入る。暗い表情のビル。翌年1991年にはソ連崩壊。アフガニスタンでの失敗が響いたのであろう。西側とは経済格差が広がる一方であった時代を表していた。改めてパリ行に乗り換える。こちらは花形路線なのであろう。CAさんはスラブ美人のモデル級。機内の掲示板の額縁がブナのような白木。飛行機の機内で何という贅沢。
もう28年も前のことだが旅行、特に海外旅行ともなるとつまらなくディテールまで覚えているもの。最近忘れっぽくなる一方だが昨日あたりイリューシン62Mが話題になっていたので当時を思い出した。
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