2011年3月22日、計画停電が始まった。
灯りが消えた街区では懐中電灯やろうそくで生活をしのいだ。
停電時間が終わるとまたもとの生活に戻るのだが、車の燃料も東京湾の精油施設が火災を起こしているので供給がままならない。
まさに非常事態だった。

あれから4年、建築のエネルギーをどう選択するか、もうすっかり当時の教訓を忘れているかのような状況もある。
電気頼りだった社会がいかに脆弱なものだったか、体験したものは語り継ぐ必要がある。

机の中を整理していたら当時の計画停電の予定表、及び事務所の勤務時間シフトの対応表が出てきた。
ふと現実に引き戻された。